検索フォーム
このブログについて

東狂マジキチランド

Author:東狂マジキチランド
TCGプレイヤー集団『東狂マジキチランド』住民の共同ブログです。
「ガチデッキ紹介」から「食わず嫌いモス考察」まで手広くカバー!
更新が遅いのがウリ!!

今日のカード
ランドの焼却者くぅ
ニコ生
twitter
FC2カウンター

--年--月--日
スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  B!

[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

2012年11月13日
【ロバート・E・O】百合厨とショタコンのハイブリッドから考える百合考察【スピードワゴン】

初めまして、ほろというものです。

今回は、タイトルの通り。
有意義なものを書き残したくて、今回筆をとった次第です。

百合の定義や考察においては、議論の余地など大いにあることでしょう。
今回の記事もまた、できる限り客観的なものを書き記すように試みましたが、実際どう捉えられるかはわかりません。

しかしながら今回の記事が、百合厨、あるいは足を踏み入れつつある方。
よく知れない興味を持っている方でも、なんでも構いません。
とにかく、そういった方々の役に立つことさえできれば。
あるいは脳に何かしらのものを残せることができれば。
筆をとった私としては、これは幸いなことになります。

強いて言えば、解説用の画像も用意してあります。
当然ながらR指定の付く代物は用意していませんが、かといって苦手な方もいることでしょう。
自分がそうだ、という方もいらっしゃるかもしれません。
念の為に、注釈として置いておきます。

では、続きからご覧ください。


百合について語るとしても、幅が広すぎて手に負えないのが実情だったりする。
そのため第一回となる今回は、百合・レズとは何か? その基本的なところから書き記していきたい。
そう、思ったのだ。

しかし実際、この記事を続きからわざわざ開いた方々にとっては、そんなところから着手されてしまっては退屈だろう。
であるから、今回はその二つを"百合とレズの違いとは何か?"の一点にまとめて、多少視点を変えつつ、且つ具体的に考察していこうと思う。

終始お堅い文章になってしまうところは許容して頂きたい。
また、そうならぬよう私の側でも、具体的な画像を提示して話を進めていきたいと考える。
どうか最後までお付き合いして頂ければ幸いだ。


1. 原点とはなんだろうか?
2. 単語としての百合の正体とは?
3. 単語としてのレズ・百合を総括する
4. 百合からレズへの印象の偏移
5. 私の考える百合の魅力


1. 原点とはなんだろうか?

結論から言おう。
百合とレズに違いなんてない。

飛ばし飛ばしで証明をしようとするのならば、そんなものはwikipediaのページにリンクでも貼ってしまえば3秒で終了する問題だ。
が、それを言ったら今回の記事の意味がなくなってしまうではないか。
また、仮に原始的な定義がそうであれ、脳みその奥底では納得できない人も大多数存在するように思う。
そのことを、取り立てて責める気など、私は持ち合わせていない。
今回の問題に手を伸ばす私でさえ、「誤用だろうと当人間で伝われば言葉としては十分である」と考える人間であるのだから。

定義的なものはできる限り緩くして、具体的に順番に嚙み砕いていこう。
百合とレズの定義が語られる上として、よく提唱されるのが「百合イコール深い友情であり、レズイコール恋愛感情である」といった論。
端的に言えば、特にイメージの点で"百合は薄いもの、レズは濃いもの"と思われている訳である。
多少使用される言葉は異なるものの、レズと百合の違いとは、つまるところこの一言に集約されることが多い。
少なくとも、私が目にしてきた論は一部を除いて、すべてその範疇であった。

でも、少し待って欲しい。
あくまで薄いか濃いかの違いであるのならば、その二つが同じ枠内に存在しているのは明白である。
また逆の方面から解いてみると、百合という言葉はレズという言葉をより定義的に、俗語的に表したものである。
百合とはイコール、原語であるレズありきで成立する言葉。
そういった観点から見ても、レズを百合と切り離すことは適当とは考えにくく、また、合理的とも程遠い。
これは百合の定義が曖昧なことも重要な因子となっているのだが、そちらについては後述しよう。



2. 単語としての百合の正体とは?

なぜ、このように言葉の繋がり(この場合は無論、百合≒レズ)が切断されてしまったのだろうか?

そう、例えば男同士の友情。
特に今期放送している"ジョジョの奇妙な冒険"を例に挙げてみよう。

(尚、このアニメはとても素晴らしいアニメであり、万が一知らぬ人がいたのならば是非見て頂きたい。
その独特の世界観の虜となること間違いなしである。)

ツェペリの腕が凍結して、スピードワゴンが胸に手を当てたワンシーンがあるだろう。



スピードワゴンの不退転をよく表しているシーンなのだが。
これに対して「ホモ」的な反応・コメントが一定数見受けられている。
それ自体の是非について問う気などないし、祭り的な楽しみ方もまた一つの楽しみ方であるから、否定する気だって持ち合わせていない。
むしろ私は、比較的そういったスラング的なものを楽しむタイプの人間である。

少々話が逸れてしまったが、要するに。
現代のアニメ文化の中では、こういった男同士の人情物は"ホモ"として映るのである。
無論これは、同性愛者を意味する厳密な意味での"ホモ"ではなく、ネットスラング的な"ホモ"として使用されているのだ。
そこに腐女子だとか腐男子だとか、そういったことは別段関係はない。

さて、ここまでを理解すれば、一つだけ浮かび上がる問題がある。
そう……百合」という単語も"ホモ"という単語と同じく、どこかネットスラング的に使用されているのである。
であるから、本来レズビアンから切り離せない(同性愛を表す)百合という単語が、あたかも切り離せているようで。
そしてそれが、ネットスラング的な使用方法から派生した「女同士の友情」を表す言葉に、長い歳月をかけて変化していってしまったのではないか?

言葉は変化するもの、これは数多の実例が証明している。
しかし問題は、レズから百合を心得た方と、百合からレズを心得た方との、ある種のジェネレーションギャップが発生してしまうことだろう。
どちらの単語を先に知ったか、それによって、印象が相当に左右されてしまうのだから

レズならば元から女同士の恋愛感情であるから、そこには必然、女同士の友情だって印象の枠内に入っている。

しかし、女同士の友情までという線引きで印象を固めてしまった方々からすれば。
女同士の恋愛感情を俯瞰することに(イコールレズである)対して、何らかの壁を感じてしまっても仕方がないのかもしれない。
特に性的な描写が絡む場合に、その傾向は著しくなる。

これこそが、百合レズの認識がズレる理由であり。
同時に、百合派百合とレズ(イコール恋愛感情・性的感情)とは違うと主張する理由でもある。



3. 単語としてのレズ・百合を総括する

先の繰り返しになってしまい、申し訳ないが。
この場合において、私は「元より同性愛視点の言葉として誕生した百合を、同性愛から切り離して考えるのは適当ではない」と考えている。
20代後半の女性をアラサーと表現することがあるだろう。
別々の単語、しかし二つの本質は違わない。
それと全く等しいことで、よく考えれば、百合とレズも本質は同じなのだ。

とはいえ、実情としては百合は爆発的に普及している単語であり、だからこそ、こうして絶えぬ議論が続けられている。
ではなぜ、百合がここまで普及するに至ったのだろうか。
それは二次元的な同性愛、同性愛か友情愛かわからぬ曖昧な関係をひっくるめて表すのに、定義のあやふやな百合という単語が最も適当に収まるためだと言えよう。
百合という曖昧な単語が、便利であるが故にメディアの1ジャンルとして成立して。
そうして今、その曖昧さを確固たるものとして、こうした議論が日夜繰り広げられているのである。

しかしこればかりは、正直あまり意味のない行為を言わざるを得ない。
元よりその曖昧さを評価されて使用され始めた百合であるから、その定義を固めるのはむしろ本質を破壊する行為に等しい。



4. 百合からレズへの印象の偏移

この項目では、濃薄について解説していこうと思う。
今回は解説という単語を用いたが、それですら適当ではないのかもしれない。
どちらかと言えば説明、だろうか?
どうあれ証明ではないがために、理屈的で定義的な言葉はほとんど使わない。

先述までの3項目で、肩の凝ってしまった方もいたことだろう。
どうか本項目では肩の力を下ろして、時に共感し、時に考察して頂ければ幸いである。
元よりこの項目は、ほとんど私の持論が含まれてしまうものなのだから。

ちなみに、この項目で、今回の考察は最後となる。
最後にふさわしく、画像を交えて説明を加えていきたい。

まず私は、百合の関係性の濃薄さは、5つの段階に分けられると思っている。
これはもう少し狭くすれば上・中・下の3段階にまとめることもできるのだが、引き出せる情報(色々な意味で)をより良いものとすべく、敢えて間に2と4を設定し、5段階と決めているものである。

(今回例として提示する画像の彼女らは、咲-saki-の登場人物、"宮永照(赤髪)"と"弘世菫(青髪)"。
数多の百合描写が存在し、百合漫画として(特にカプ厨のような私にとっては)秀逸である咲-saki-の中でも、最近比較的伸びている組み合わせである。
彼女らは両者ともに冷静な性格をしているのだが、それに関して熱く語ることをぐっとこらえて、これだけの簡単な説明に留めておこう。
もし興味を引いたのならば、一度先生に聞いてみるといい。)




1.単純な触れ合い

アニメに対して「百合」が使われる場合の多くは、こういった描写であるように見える。
これよりもやや濃密な物に対しては、「キマシタワー」などがよく使われているのではないだろうか。

最近では普通のアニメにおいても、こういった軽い百合描写が散見できる。
濃密な情報こそ引き出せぬものの、軽いが故に様々な関係性が想像できる余地もあり、なかなか汎用性の高い描写である。
またただの描写としても、伏線としても重要であり。
後に友人的な描写がある場合にも、恋愛的な描写がある場合にもよく映えてくる、実に有用な描写。
百合の種」とでも言い換えられるかもしれない。

この画像においても、それは当てはまる。
よく観察すれば、平常な宮永照に対して、やや熱の篭る視線を送る弘世菫。
こういった細微な対比を描きやすいことも、百合の種と言い換えてもいい理由だったりする。

カプ厨の末期になってしまうと、これだけの描写で情報の3つは想像できるようになってしまう。
それを避けるか、望むかは、あなた次第と言えよう。



2.過剰な触れ合い

視覚情報の通り、抱きしめ合いなどがこれに当てはまるだろう。
「キマシタワー」などと、このあたりからそこそこ言われはじめる。

先述の通り上と中の間に当てはまるパターン故に、書き記すことは1に似る。
より深くお互いの関係性を示せる描写であるが、まだ友情的なそれか、恋愛的なそれかの余地が残されている。
しかし重度のカプ厨でなくとも、百合厨ともなればこのあたりで十分情報を生成することが可能となる。

この情報を、やや応用するとすれば。
1から5へ段階を踏んでいくとして、この段階になった頃に恋愛感情の種が生まれてくることになる。
それがやがて発芽すると3のようになるのだが、それについては、その項目で後述することにしよう。



3.恋愛感情を抱いた触れ合い

百合レズに置いて、これ以上がレズと定義されやすいものとなるだろう。
私は百合としてならば共依存物、あるいは姉妹百合物が非常に好みであり、それ故よく心に響くのも、これと後述する"恋愛感情の表現としての触れ合い"になる。
無論、1から5、すべて網羅した上で、の話だ。

このあたりから生み出される情報としては、上の二つとはよく違う。
上記の二つが関係性の考察に帰結するのに対して、これ以降は関係性の質に帰結してくることが多い。
これはその、ちょうど中間あたりと言うのが相応しかろうか。
また、濃密な情報を生み出せるのもこれ以降のものが多い。

特に創作関係に関して記すならば、シリアス百合と表現できるような一種のジャンルは、これ以降が生み出せる特有のものと言えよう。
百合物として、より深い描写を、より広く行えるようになるのである。

それを網羅するのは、このサーバーではとても容量が足りそうにない。
そのため画像に置いてのみ特筆すると、この二人の場合は奥手……というと語弊があるかもしれないが、非常に冷静な性格をしている。
つまりこの画像は、性格の枷を外しつつある描写であると言えよう。
こういった精神的な情報は、俯瞰する上で非常に重要なポイントとなる。

ちなみに、百合の枠組みから外れて、セクシャルマイノリティについて語られやすいのもこれ以降についてである。
が、そういった話題は荒れやすいために、今回は控えておこうと考える。



4.恋愛感情の表現としての触れ合い

3を発展させた描写だが、しかし最上級にまで到達しない場合において、この枠組が必要となる。
先述の3つがどちらかと言えば"過程"に寄っていたのに相反して、これ以降は"結果"に寄っている。
それ故に、生み出される情報も比較的落ち着いてくるだろう。
とはいえその裏側には、確かな熱があることを忘れてはならない。

創作としては、この付近に達すると純愛物か、シリアス物かが明確になってくるように思う。
お互いの心理が行動に移したことにより、確固たるものへと変化したためだろう。

私がよく好む共依存物には、こういった描写が不可欠である。
またそうでなくとも、"過程"と"結果"の両方を身に染みさせるためにも必要不可欠。
適当な区切りがないために中間たるこの位置に落ち着いているが、実は最も重要な要素であると考える。



5.性的な感情を含んだ触れ合い

百合物としての最上級がこれに当たる。
ここへ来ると、もはや誰も百合とは呼称せず、レズと呼称し始める。
しかしそれでも、便宜上は百合として呼称しておきたい。

1から順当に登って行ったとするならば、これは愛情表現の最上級に位置するのだが。
しかし同時に、シリアス物としての性質が強いことも、見捨てることのできないポイントである。
そこにはもう、誰かしらの意志なんか関係なく、事実として残った跡があるばかりなのだから。
シリアスシリアスとばかりうるさいのは、私はそういったものも好みであるがためだ。

また同時に、議論を呼ぶ対象ともなりやすい。
区切りの強さが段違いであるし、だからこそ最上級なんて適当か知らない言葉を選択したものだ。
とはいえやはり、先述のような理由から、これも重要な要素であることは、どうあれ片隅に入れておいてほしい。




5. 私の考える百合の魅力

さて、最後になってしまったが。
百合の魅力を一言で表すのならば、私はプラトニックな恋愛感情と言葉を選択したい。
これを分解して語ることには多大なる苦労が必要なため、手間を省略して、ある例え話をしてみよう。

皆様は"男女間の友情"を信じているだろうか?
いいや、答えてくれなくて結構だ。
私だって、この記事中でその問題に言及する気など毛頭ないのだから。
皆その心中には、様々な感情を抱えていることを思い出して頂ければ構わない。

この問題を提示した理由としては、レズと百合議論が絶えない理由と非常に似ているからである。
これに対して、皆何かしたの意見を有し、そしてそれらは適度に混ざり合う事などない。
しかしそれが意味することを読み取ることだけならば、非常に簡単である。
どうあれ絶えぬ議論が発生する程度には、異性間の間に何かしらの透明な壁があるのだ、と。

そこへくると、同性の場合はどうであろうか?
同性に対して親愛なる感情を抱くことなど、誰も咎めないしむしろ自然と解釈するであろう。
たまに言われる"行き過ぎた友情"など、友情が適当かは置いておいて、実に適当な言葉だと感心する。

現実の中では未だに立場が高くはないけれど、それでもそこには、同性を愛するだけの理由があり、過程の一つとしても親愛が存在している。
その濁りのない様子に、私は魅力を感じているらしい。
かといって綺麗であるなどとは、別段思っているわけではない。
そのところの注釈は、念の為にしておこう。

どうしても理解できないのであれば、やや強引な解釈となってしまうのだが、ホラー物を好む人間の類似と考えて頂ければよろしい。
ホラー物を好む人間がその心理を好むように、私は百合物を好み、そうしてその心理を好んでいるのである。

ちなみに、これは不思議なことに、男性間には当てはまるとは考えていない。
しかしながら俗に腐女子と呼ばれる彼女らは、もしかしたら私が百合に対して先述のような感情を抱いているように、男性間に対してそういった感情を抱えているのだろう。
そのところは当人でない私にはよく知れないところであるから、この問題を掘り下げるのは、ここまでて終了しておこうか。


私が伝えたかった"基礎知識"としては、以上の通り。
やや急ぎの執筆になってしまい、多少の抜けがあることも考えられる。
また何かしらの要因があれば、随時追記していく予定だ。

"応用知識"は、いずれ会う機会があれば、存分に語ることができるであろう。

  B!

[ 2012/11/13 05:32 ] その他 | TB(0) | CM(5)
ほろさん・・・
[ 2012/11/13 11:32 ] [ 編集 ]
連載楽しみにしています
[ 2012/11/13 16:08 ] [ 編集 ]
頭おかしいと思った(小並感)
[ 2012/11/13 17:51 ] [ 編集 ]
なんだ
やたら百合考察百合考察騒がれてると思ったらこの程度か
[ 2012/11/18 16:49 ] [ 編集 ]
恐ろしい程おま俺
[ 2012/11/18 22:48 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。